パンツの面目ふんどしの沽券 / 米原万里 | ぶちぶち日記

パンツの面目ふんどしの沽券 / 米原万里

1960年代のプラハの学校で、はじめての裁縫の授業として著者が習ったのは、なんとパンツの縫い方だったそうです。 平面のぞうきんより先。 ソ連の影響下にあった当時のプラハで、なにゆえにパンツを縫えるようになることが率先されたのでしょうか。 


当時見聞きした下着に関するさまざまな疑問を糸口に、「ガセネッタシモネッタ」の米原万里があれこれ書物に当たってゆきます。 下着に関する現代人のあらゆる固定観念を覆す調査の数々。 軽妙な語り口で吹き出しながら読みました。


たかが下着なれど、調べてみればあまりに奥深く歴史も深く、真実もわからぬまま、後半は文献からの引用がメインとなり、少々面白みが減じてしまいます。 けれど次々にでてくるトリビアの数々は掛け値なしにおもしろいのです。 前半の、特に東欧の人々の社会構造から切り込んだ下着に関する考察や、恥じらいの観念についての著述には、何度うなったことでしょう。 


ところで、1つ疑問が残りました。 子供の頃からの疑問ですが、文中でも触れられています。 日本にも、昔からズボン様の衣服があったにもかかわらず、何故動きの不自由なキモノが(文中ではスカート)着られてきたのか、ということです。 いつか、この疑問について明らかにする本を書いて欲しいものです。